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金沢地方裁判所 昭和60年(ワ)499号 判決

主文

一  被告は原告に対し金一、〇五一、八〇九円およびこれに対する昭和六一年一月一一日以降完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一  当事者の求める裁判

一  原告

1  主文同旨。

2  仮執行宣言。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行免脱宣言。

第二  当事者の主張

一  (原告)請求原因

1  訴外美作弘之助(以下「美作」という)は、昭和六〇年六月三日、金沢地方裁判所に自己破産の申立をなし、同年一〇月三日午前一〇時、同裁判所で破産宣告を受け、原告はその破産管財人に選任された。

2  美作は、石川県立羽咋工業高等学校に教諭として勤務していたところ、右破産申立後である昭和六〇年六月四日退職した。

3  美作は、石川県に対し、右退職による退職手当四、二〇七、二三六円の債権を有していたが、同県は、同年六月一一日、美作の被告に対する借入金の弁済として、美作に代わって、同人に給付すべき右退職手当全額を被告に弁済した。

4  被告は、右弁済受領当時、美作が破産申立をしたことを知っていた。

すなわち、被告の石川支部の職員は石川県教育委員会の管理下にあり、被告石川支部長は石川県教育長が、被告石川支部副支部長は同県教育次長が、被告石川支部事務長は同県教育委員会保健厚生課長が兼務しているところ、美作は、前記退職に先立ち、破産申立をしたことを前記高等学校長および石川県教育委員会教職員課長に告げているから、これにより被告は美作の破産申立の事実を知っていたと解される。

仮に右事実が認められないとしても、石川県教育委員会保健厚生課長(被告石川支部事務長)は、美作が破産申立をした事実を知っていた。

5  従って、石川県が美作に代わって被告になした前記弁済のうち、美作の退職手当の四分の一に該る(差押許容範囲)一、〇五一、八〇九円については、破産法七二条二号に該当する行為であるから、原告は右一、〇五一、八〇九円の限度で右弁済を否認する。

6  よって、原告は、被告に対し、否認権の行使に基づき、右一、〇五一、八〇九円およびこれに対する本件訴状送達の翌日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二(被告)請求原因に対する認否

1  請求原因第1、第2、第3項の事実は認める。

2  同第4項の事実は否認する。

3  同第5項は争う。

三(被告)抗弁

1  被告は、被告の組合員であった美作に対し、昭和六〇年六月四日当時、地方公務員等共済組合法(以下「地共法」という)一一二条による福祉事業の一環として貸付けた次のとおりの貸金債権を有していた。

(一) 昭和五七年一〇月二三日貸付の一般貸付金七〇〇、〇〇〇円の残元金四七〇、五七二円と未収利息二、二五八円の合計四七二、八三〇円。

(二) 昭和五七年一一月二二日貸付の住宅貸付金六、五〇〇、〇〇〇円の残元金六、三一九、五〇九円と未収利息三〇、三三三円の合計六、三四九、八四二円。

以上(一)、(二)の合計六、八二二、六七二円。

2  そして、美作の給与支給機関たる石川県は、昭和六〇年六月一一日、美作の退職により退職手当四、二〇七、二三六円を支給するに当たり、地共法一一五条二項により、右退職手当全額を美作に代わって、美作の被告に対する前記貸金債務の弁済として、被告に支払った。

3  右の如く、地共法一一五条二項に基づく給与支給機関による控除払込み債務弁済は、次の理由により、破産法七二条二号による否認の対象に該らない。

(一) 地共法一一五条二項に基づく給与支給機関による控除払込みは、破産者の意思に関係なく、給与支給機関が法規に従ってなした行為であり、破産者自身の行為ではないから、破産者の行為を否認の対象としている破産法七二条二号に該当しない。

(二) 地共法一一五条二項は、組合の組合員に対する債権回収確保についての相殺類似の特別規定であり、破産法七二条二号により否認されないものである。

被告は、地方公務員法四三条に基づき地共法三条一項二号により設立された地方公務員の共済組合であり、組合員の資格は特定され、被告組合の事務に要する費用は地方公共団体が負担するもので、組合員が給与の支給を受ける地方公共団体と組合員の共済を担当する被告とは表裏一体、不離の関係にあり、更に、被告組合の貸付事業に要する資金は社会保険である長期給付にかかる責任準備金を運用するもので、将来の年金給付に充当されるべきものであるから、組合員の福祉増進のための福祉事業の一環である貸付の容易促進のためには、貸付金の返済確保は不可欠であり、その確保手段が絶対必要である。

本来、相殺は、相対立する債権を有する債権者間においてのみ認められ、本件の如き被告の組合員に対する債権と組合員の給与支給義務者に対する債権は相殺は認められないのであるが、前記の如く、給与支給義務者である地方公共団体と、その職員により構成された共済組合とは表裏一体、不離の関係にあるので、貸付共済制度の促進、確保の手段として実質的な担保となっている組合員の給料、退職手当を含むその他の給与との相殺につき、通常の給与等との相殺禁止と異る地共法四八条二項による相殺認容と相挨って、地共法一一五条二項の特別規定を設け、相殺類似の効力を付与したのであるから、地共法一一五条二項に基づく弁済については破産法七二条二号の適用はない。

四(原告)抗弁に対する認否

1  抗弁第1、第2項の事実は認める。

2  同第3項は争う。

石川県の被告に対する本件払込みは、美作の被告に対する借入金債務を美作の意思に基づき同人に代わって被告に弁済したものであり、法律上美作の行為と同視すべき行為に該当するので、破産法七二条二号の否認の対象となる。

第三  証拠(省略)

理由

一  請求原因第1ないし第3項記載の事実および被告は、美作に対し、抗弁第1項記載のとおりの貸金債権を有していたこと、そして、美作の給与支給機関たる石川県は、昭和六〇年六月一一日、美作の退職により支給すべき退職手当四、二〇七、二三六円全額を、地共法一一五条二項に基づき、美作の被告に対する前記貸金債務の弁済として、美作に代わって被告に支払ったこと、以上の事実については当事者間に争いがない。

二  そこで、美作の被告に対する右貸金債務についての右退職手当による弁済(以下「本件弁済」という)が破産法七二条二号所定の「債務の消滅に関する行為」に該当するか否かについて検討する。

1  被告は、本件弁済は、美作の給与支給機関である石川県が、地共法一一五条二項に基づき、破産者である美作の意思に関係なくなした行為であって、破産者自身の行為ではないから、破産法七二条二号の否認の対象に該らない旨主張する。

しかしながら、地共法一一五条二項の規定は、被告がその組合員に対し福祉事業の一環として金員の貸付けを行なったときに、その返済を確保するため、給与支給機関が当該組合員に対し給付すべき給与、退職手当から、当該組合員が被告に返済すべき金額を控除し、これを当該組合員に代わって被告に支払うべきことを定めたものであり、給与支給機関は、同条項に基づいて被告に一定金額を払込むことにより、当該組合員の被告に対する債務を消滅させると共に、これによってその払込金額分だけ当該組合員に対する給与、退職手当等の支払義務を免れるという、給与支給機関、被告および組合員の三者間の特殊な債務決済方法を定めたものであると解すべきところ、組合員は、被告から金員の貸付けを受けるに当たっては、地共法一一五条二項による右のような特殊な債務決済方法が行なわれることを承諾し、被告は当該組合員と右の返済方法によることを合意のうえ貸付けを行なうのであると解すべきであるから、地共法一一五条二項による給与支給機関の被告に対する払込みは、当該組合員の意思に基づくものであって、当該組合員自身による債務弁済と法的評価において同視すべきものであると解せられる。

従って、地共法一一五条二項に基づいてなされた本件弁済は、破産者である美作の意思に基づく行為であると解すべきであるから、破産法七二条二号所定の「債務の消滅に関する行為」に該当するというべきである。もっとも、破産者美作の石川県に対する前記退職手当債権のうち、破産財団に帰属すべきものは、民事執行法一五二条により差押を禁止された四分の三を除く四分の一に当たる一、〇五一、八〇九円であるから、本件弁済は、右一、〇五一、八〇九円の限度において破産債権者を害すべき行為として否認権行使の対象となると解すべきである。(なお、地共法一一五条二項に基づく本件弁済について、一旦破産者美作が給与支給機関である石川県から退職手当の現実の弁済を受けたうえ、これを全額被告に対する債務の弁済に充てたものと擬制的に解するのは相当ではないから、美作が支給を受けるべき退職手当全額が破産財団に帰属すべきであったということはできない。)

以上のとおりであるから、被告の前記主張は採用することはできない。

2  被告は、地共法一一五条二項は、給与支給機関の組合員の給与等からの控除、払込みにつき、相殺類似の効力を付与したものであるから、同条項に基づく給与支給機関の被告に対する弁済については、破産法七二条二号の適用がない旨主張するが、右主張は、地共法一一五条二項が、給与支給機関が組合員に代わって、組合員に支払うべき金額を別個独立の法人格を有する組合に支払う旨定めた明文の規定の趣旨に反し、採用することができない。

三  次に、被告が、本件弁済を受けた時、美作が破産の申立をしたことを知っていたか否かについて検討する。

前記争いない事実に、原本の存在、成立に争いがない乙第一ないし第四号証、証人美作弘之助、同加藤邦夫の各証言を総合すると、美作は、昭和六〇年六月三日金沢地方裁判所に自己破産の申立をしたうえ、同年六月四日付で石川県教育委員会に対し退職願を提出し、同日石川県教育委員会において辞職が承認されたこと、美作は、右退職願を提出するに当たって、当時所属していた石川県立羽咋工業高等学校の校長と共に石川県教育委員会に出頭し、同委員会教職員課の職員および被告の石川支部職員の立会いのもとで、退職の理由として破産申立をした事情の説明をしたこと、右破産申立後である同年六月一一日被告は本件弁済を受けたこと、被告の石川支部は、石川県教育委員会の保健厚生課内に設置されており、支部長は石川県教育委員会教育長が兼務していること、以上のとおりの事実が認められ、右認定を左右しうる証拠はない。

右事実によれば、石川県教育委員会が美作の辞職を承認するに当たっては、教育長においても、その辞職の主たる理由が自己破産の申立であることを了知していたものと推認されるのであり、そうである以上、右教育長が石川支部長を兼務する被告においても、本件弁済を受けるに当たり、美作が破産申立をしたことを知っていたものと推認すべきであり、以上の認定を覆えすに足りる証拠はない。

四  そうすると、本件弁済のうち、美作が支払を受くべき退職手当債権の四分の一に当たる一、〇五一、八〇九円の弁済を否認し、被告に対し、右金額およびこれに対する本件訴状送達の翌日であることが本件記録上明らかな昭和六一年一月一一日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は理由があるから、認容すべきである。

よって、民事訴訟法八九条を適用して(なお、仮執行宣言の申立についてはその必要性を認めないので、これを却下する)、主文のとおり判決する。

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